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メモにっき

にっきメモ

セッションという映画のオチについて(ネタバレ)

なし

ネットの感想見てると、最後のシーンでフレッチャーが本当の復讐心からあんな行動を起こしたという意見のほうが優勢?な感じだったけど、自分はあれも”しごき”の一環だったんだと思う。
なぜかというと、フレッチャーの行動原理が、本当に素晴らしいジャズを生み出したいという一点だけだと考えるから。たぶん、劇中のあまりのしごきの苛烈さから、フレッチャーがただのサイコパス自己中うんこ野郎だと認識してしまうと、復讐のためのいたずらに見えるんじゃないかと思った。音楽のためなら人がどうなろうと知ったことじゃないっていう考えはサイコパスで間違ってないんだろうけども。もう一つ根拠を上げると、ジャズバーで昔の教え子(それも自分を退職させた元凶)に対して、あんなに穏やかな表情で自分の夢や野望を聞かせるだろうかってところがある。話が終わって一旦別れようとした時、まだ一縷の望みがあるんだと思って、あんなシゴキに走らせたと考えるのが自然ではないだろうか。なお、私はフレッチャーの教育方法については絶対反対だし、奏者が楽しまないで良い音楽が生まれるとも思わない。この映画の感想は”俺が見たかったフルメタルジャケットはこれだ!!”っていう感じだった。